管理者自己紹介

昭和34年生まれ・男性

ハンドルネーム:初瀬春日(はせかすが)

  私の故郷、名張市には、大和から伊勢方面(松阪六軒)に向かう「初瀬街道」が通っていました(現国道165号線)。初瀬街道は、古くは天皇に代わって伊勢神宮に使える「斎王」が通った道であり、また、江戸時代には関西から伊勢神宮への「おかげ参り」でにぎわった道でもあります。私は現在、津市に住んでいますが、名張から津へ向かった私の足跡は初瀬街道と重なるものでもあります。そういったことで、ハンドルネームに利用させてもらっています。
また、名張では今でも盛大に宇流冨志彌(うるふしね)神社、通称「お春日さん」の秋祭りが行われますが、子供の頃は学校も半休になり、町中にあふれる屋台とみこしに大興奮したものです。その春日をいただきました。

職業:こちらをご覧下さい

趣味歴:
幼少時から、機械、乗り物、工作が好きでした。
父親は工学系の人で、やはり機械、ラジオ、写真などが好きでしたが、特に鉄道に興味が深かったわけではありません。しかし、家に車が無かったために、 外出はいつでも近鉄電車を利用しており、連れられていく私もバスや自動車よりは電車の方が好きだったような記憶があります。
自宅は近鉄沿線で、国鉄とはあまり縁がありませんでした。最寄り駅は大阪線名張駅でしたが、1964年まで家のすぐ近くに伊賀線西名張駅があり、おぼろげな記憶が残っています。
このような環境で、おもちゃといえば乗り物が多く、1〜2才の頃にOゲージを買ってもらったようです。
プラレールもありましたが、これは実家を探しても見つかりませんでした。
それ以外に熱中したものは、プラモデルです。プラモデルは昔からミリタリーものが多かったようですが、特にジャンルは問わず、手当たり次第買ってもらっては組み立てていました。

鉄道趣味をはっきりと自覚したのは、小学校の5年生か6年生の頃で、昭和44〜45年になります。
世の中は43-10の改正と関沢真一氏の写真集をきっかけに、SLブームが盛り上がりつつある頃で、小学校の廊下にあった写真ニュースで「消えゆく蒸気機関車」 というようなタイトルの記事を見たとき、何か体に電気が走ったような、魂がゆさぶられたような、そんな気分になったことをはっきりと覚えています。
そのまま鉄道ファンの道をまっしぐらかというと、そうはうまくいきません。
憧れの蒸気機関車は家の近くの近鉄には走っておらず、一番近い関西本線まで、近鉄で数10分かかりました。小学生には遠すぎる距離で、 毎日写真集を見ては思いを募らせる日々でした。
そんな時期にエンドウのED58と2軸貨車を買ってもらい、これで気を紛らわせているのでした。
本物の蒸機を撮影に行ったのは、中学生になってから関西本線に出かけたのが最初です。それも1年ちょっとで無煙化されてしまい、高校受験の時期も重なって趣味は 休止期間になってしまいました。
高校に入ってから、さあ遠くへ行けるぞと思ったのもつかの間、ニセコも狩勝も、布原も直方も、龍ケ森も野辺山も、もうすでに蒸機の姿はなく、 最後の活躍を続ける後藤寺、日南、北海道(室蘭本線、常紋)へそれぞれ1回行けただけでした。そこへまた受験の時期が重なります。
一浪して大学に入り、鉄研の仲間と楽しくやってはいましたが、蒸機がなくなった喪失感で趣味活動に身が入らず、悪友たちと騒いで暮らす学生時代でした。 思えばこの時、まだ元気のあった地方私鉄の最後の姿をもっと記録しておけばよかったと、後悔することしきりです。

大学卒業後はよくある話で、就職、結婚、などのイベントが続き、趣味活動はまた休止期間に入ってしまいます。
再開のきっかけは本当に偶然でした。仕事帰りにしょっちゅう立ち寄っていた書店で、ふと目についたTMSを立ち読みしたことにはじまります。 TMSなど読まなくなってから20年近くの歳月がたっていました。
20年間の鉄道模型の進歩は著しく、特にNゲージレイアウトには感銘を受けました。それからは少しずつNの完成品を買い集め始めました。 実物は消えても模型なら手元に残せる!進化したNゲージは大人の目にも充分満足できる仕上がりで、値段もあまり財布の残りを気にしなくて良い価格です。 レイアウトは無理でしたが、車輌は着実に増えてゆきました。
もともと工作も好きだったので、GMのキットを組み、素組みにあきたらず改造をするようになり、だんだんと深みにはまってゆくのでした。

TMSの記事に刺激されて地方私鉄電車を作ったのはいいが、自分では納得の仕上がりのはずなのに、 Nではやはり迫力が足りません。レイアウトがあれば、そこに乗せてみてまた感じ方もかわったでしょうが、やはり16番の方に心が動いてゆきました。 またも偶然にB凸電機のキットを模型店で見つけ、安いので失敗しても惜しくないと買い求め、 たまたまうまく仕上がったのが運の尽き、16番の泥沼に足を踏み入れていったのでした。

そうはいっても夜行急行編成や大型蒸機は16番では私には荷が重すぎます。そこでNも存続させ、本線級編成物をめざして、細かい工作よりも編成のまとまりを 重視するコレクションとする方針としました。16番では、小型車輌の活躍する地方私鉄を中心に集めることとしました。

最近ではネットオークションで絶版もののキットなど、見つけるたびに買いあさっているため、棚はキットの箱でいっぱいになっています。 一生かけて遊ぶ素材はそろいました。作りきれないと思ったらまたオークションに出し、同好の士にお譲りできればと思っています。

今後の課題はセクションやレイアウトです。こちらはまったく未知の世界なので、現時点では憧れにすぎませんが、いつかは実現したいと思っています。



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